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タイトル: オオセンチコガネの地理的色彩変異の総合的研究-保全管理単位の認識を中心として-
著者: 赤嶺, 真由美
発行日: 2010/03/18
抄録: 近年では人間活動の直接的・間接的影響による種の絶滅や個体群サイズの危機的な減少が数多く報告されている.このような事態に対して,保全生物学では,表現型のみに基づく分類に加えて遺伝子流動や自然淘汰を担う単位(進化し続ける動的な実体)を考慮した分類をおこなうことが,適切な保全対策をたてるため,そして保全の労力を浪費しないために,最初の重要なステップとして位置付けられている. オオセンチコガネは,甲虫目コガネムシ上科センチコガネ属の糞虫である.日本の北海道から九州,極東ロシア,朝鮮半島,中国東北部に分布している.日本産糞虫の中では大型種であり,森林生態系における獣糞の主要な分解者であると考えられる.近年では,長崎県で絶滅危惧種Ⅱ類(VU),宮崎県,高知県,島根県,長野県では準絶滅危惧種(NT)に指定されている.本種は,金属光沢のある色彩をもち,その色彩に地理的変異を示す.特に近畿地方での変異は顕著で,3つの色彩型(アカ型,ミドリ型,ルリ型)が側所的に分布する(中根 1952).またアカ型は近畿だけでなく日本国内全域に分布し,ルリ型とミドリ型はそれぞれ屋久島と北海道東南部にも局所的に分布する(水野 1964).本種の亜種分類は主にこの地理的色彩変異に基づいておこなわれてきたが,その分類学的扱いは著者ごとに様々で統一されていない.保全のための正しい判断を下すためには,比較的緊急を要さない段階で分類学的問題点を解決しておくことが理想的である. 本種の色彩は従来,ヒトの視覚により評価されてきたが,Watanabe et al. (2002a, b)は鞘翅の反射スペクトルを計測し,近畿地方の 3 つの色彩型の分布域からそれぞれ選ばれた 3個体群からの個体はヒトの可視領域(400-700 nm)の反射スペクトルのピークの波長(λmax(α))に基づき判別できることを示した.この方法は色彩を定量的に評価できる点で非常に優れている. 本研究では,本種の分類学的問題の解決にむけて,まず,色彩の物理的メカニズムを調査し,主に亜種分類の基準となってきた色彩を定量的に再検討した.次に,ミトコンドリアの COI 遺伝子の塩基配列に基づき,日本列島の個体群について系統地理学的解析をおこない,さらに近畿地方の個体群について集団遺伝学的解析をおこなった. 1.色彩の物理的メカニズムの解明 本種の金属光沢のある色彩は構造色であると考えられている.構造色は表層の微細構造による発色であり数種類が知られている.コガネムシ上科では多層膜タイプとコレステリ ックタイプの 2 種類が知られているが,本種の色彩の物理的メカニズムは明らかでない.まず表層に起因した色彩かを確認するため鞘翅表面を紙やすりで削り,反射スペクトルの変化を確認した.反射スペクトルのピークは,鞘翅を紙やすりで削る段階 1 で弱くなり,段階 2 でほぼ見られなくなったことから,色彩は表層に起因するものと確認された.次にコレステリックタイプの可能性を調べるため,右円偏光板を用いた観察をおこなった.通常の左円偏光を反射するコレステリックタイプの場合,右円偏光板を通して見ると色は失われるが,本種では失われなかった.またクロスした直線偏光板を用いて左右両方の円偏光を反射する特殊なコレステリックタイプでないことも確認した.さらに,透過型電子顕微鏡による鞘翅切片の観察では,表面付近に密度の異なる 10~12 層の薄層が観察された.この層の厚さは,異なる色彩型の個体間で異なり,その厚さはλmax(α)の値にほぼ比例していた.これらから本種の色彩は多層膜構造によって生み出されていることが明らかにな った.この結果は,色彩を一種の形態形質として解析することが可能であることを示している. 2.色彩の定量的解析による再検討 第一に,大陸産を含めた分布域の広域における 25地点から集めた個体の鞘翅の色彩の定量的測定をおこなった.日本国内の個体では反射スペクトルの可視領域に 1 つのピークがみられたのに対し,大陸産のものでは 2 つのピークがみられた.大陸および関東以北の個体群では,反射スペクトルのピークの値が 700nm を越える個体がみられた.このためλ max(α)を 400-800nm の最大のピークの波長と再定義した.屋久島個体群(屋久島亜種)と紀伊半島のルリ型個体群(原名亜種)の間および,原名亜種の北海道個体群と近畿地方中部のミドリ型個体群の間では,それぞれλmax(α)の値はほとんど変わらなかった.第二に,3 つの色彩型が側所的に分布する近畿地方の広い範囲の 23 地点について同様の調査をおこなった.紀伊半島に分布する,従来ルリ型とされる個体群のλmax(α)は,その他の地域の個体群との間でほとんどオーバーラップがみられないほど大きく異なっていた.また,琵琶湖南部と琵琶湖西部の個体群では,分布域が接しているにもかかわらずλmax(α)は大きく異なっていた.これらの地域は,従来それぞれミドリ型,アカ型とされていた地域と一致した.一方,琵琶湖南部と琵琶湖東部の個体群間では,λmax(α)の変化は連続的でクラインを形成し,琵琶湖東部の北端の個体群では,アカ型とされる琵琶湖西部の個体群とほぼ同じλmax(α)の値をもっていた.つまり,琵琶湖東部ではアカ型とミドリ型は連続しており区別できなかった.これらの結果から,これまでおこなわれてきた主に色彩による分類は,一貫性を欠くことが明らかになった. 3.ミトコンドリアCOI遺伝子に基づく検討 第一に,本種の日本列島における系統地理学的パターンを知るため,33 地点 57 個体のmtCOI遺伝子 745bpを解析した.近隣接合法,最節約法,ベイズ法で調査されたハプロタイプの系統関係はよく一致し,「九州・屋久島」と「北海道・本州・四国」の間の深い分岐が認識され,ベイズ法以外でそれぞれの系統群の単系統性が支持された.その平均遺伝距離は,DA=0.03±0.006であった.ヨーロッパに分布する同じセンチコガネ族のTrypocopris属2 種では,COI遺伝子の系統関係と形態による亜種分類が一致しており,本種と同様の値の平均遺伝距離が報告されている.これらから,本種における「九州・屋久島」と「北海道・本州・四国」の分岐は,近縁の属では亜種に相当することが示唆された.またこの分岐は52-120 万年前に起こったと推定され,関門海峡形成(約 5000 年前)よりはるかに古いことが示唆された.また,「九州・屋久島」の単系統群において,屋久島個体群(屋久島亜種)と九州個体群(原名亜種)の分岐は認識されなかった.さらに,「北海道・本州・四国」の単系統群の中に,「関東・東北・北海道」と「本州西部・中国・四国」に限定された分布をしめす単系統群も認識された.これらの分岐は,ハプロタイプネットワークの解析から,「近畿・中部」からまず「本州西部・中国・四国」が分岐し,その後「関東・東北・北海道」が分岐し分布を拡大したことが示唆された.第二に,近畿地方 14地点 141個体について集団遺伝学的解析をおこなった.AMOVAの結果,遺伝的変異の 82.4%が個体群内に存在し, 14.3%が色彩型間に,3.4%が色彩型内の個体群間に存在することが示された.個体群内の平均ヌクレオチド多様性はπs=0.005±0.001であった.個体群間の遺伝的な分化の程度を示すFstの値から,アカ型とミドリ型の間,アカ型とルリ型の間では,遺伝的分化が見られるが,ルリ型とミドリ型の間ではあまり分化が見られないことが明らかになった.
内容記述: 環課第19号
NII JaLC DOI: info:doi/10.24795/24201k039
URI: http://usprepo.office.usp.ac.jp/dspace/handle/11355/513
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