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タイトル: 現代中国における農民問題に関する研究 -社会・経済の持続的発展を阻害する構造的差別問題-
著者: 楊, 常宝
発行日: 2009/03/19
抄録: 本論は、現代中国(1949年以降)における農民の貧困と差別問題の実態を考察するものである。現代中国の農民問題は単なる農業・農村・農民・農民工問題にとどまらず、中国特有の選挙権制度、財税制度、社会保障制度、教育、就業といった経済・社会・政治にかかわるさまざまな問題に関連している。そのため、中国が直面する農民問題の解決は大変複雑で、一つの政策や対策で解決できる問題でもなければ、発展モデルの導入といった方法でも容易に解決しえない問題となっている。 こうした複雑で困難な農民問題を作り上げたのは、筆者自身があらゆる場面で苦渋を強いてきた二元戸籍制度とそれを支えてきた二元選挙権制度ではないか、という疑問が本研究の出発点である。戸籍制度によって中国人は、農業戸籍と非農業戸籍に二大区分され、後者が社会・経済・政治的に優遇される。戸籍制度は単なる戸籍の登記・管理のみならず、就業、教育・医療、年金などと深く関連付けられ、農民の職業選択や移動の自由まで制限してきた。また、選挙権において、県レベル以上の人民代表大会の代表(議会議員)を選出できる人口は農村と都市で「4対1」もの格差がある。民主国家にあるような選挙権は農民には事実上なく、一党独裁の中国では、これらの不平等を改善しうる制度的装置は存在しない。 つまり、農民問題は制度の問題であり、現代中国の理解はこの差別構造の分析なしにはあり得ないと考えられる。これらの制度により、農民は都市住民との同等な権利享受を奪われたのみならず、農民の子は農民として生きる人生以外の選択肢を奪われてきたのである。 本研究は以上のような問題意識に寄り添い、二部の構成で進められた。 第一部は主に戸籍制度およびそれと深く関連付けられた中国特有のその他の農民支配の制度を農民の視点から取り扱う。 第一章では、まず二元戸籍制度の形成過程から発展、そして筆者が提示する準都市戸籍について文献資料と先行研究に基づき詳しく考察する。第二章では、二元戸籍制度による「移動の自由権」の制限問題と選挙権における都市と農村住民に対する不平等な措置について論じる。第三章では、主に農民の過重な負担問題について具体的に取り上げ、本来国家が責任を持って負担すべきものを農民に転嫁した政府の責任放棄を明らかにする。また、胡・温政権による農業税の廃止は高く評価されるものの、依然として問題解決に至っては 2 いないことを実証する。第四章では、農村における義務教育の大幅な立ち遅れの現状と原因を明らかにし、さらに高校教育段階以降における教育難問題を具体的に考察する。第五章では、農村地域における社会保障制度の大幅な立ち遅れの現状を医療保険、年金保険、最低生活保障制度と農村の五保扶養制度の事例から、都市部のそれと比較しながら考察を加える。第六章では、農村出稼ぎ労働者である農民工の生活実態を考察し、その社会的地位の低さを明らかにする。 第二部を構成する七〜八章は、内モンゴル東部の農村地域におけるフィールド調査に基づく事例研究である。ここでは、内モンゴル・ホルチン左翼中旗のシベーファ鎮の農民の生活実態を分析・考察する。まず、第七章で、調査地として希伯花鎮を選定した理由及び当地域の基本概況を論じたうえ、現代中国成立以降における希伯花鎮での農牧業の変容を、中国農村部の土地請負制度と関連付けて論じる。第八章はシベーファ鎮農民の生活実態をアンケートと聞き取り調査のもと分析し、第一部と共通の農民問題を明らかにする。 結論として、まず、第一部の総合的結論としては、次の点があげられる。 毛沢東時代に作られた農民支配の各種措置は、半世紀にわたって改善されず、三農問題の深刻化を招く結果となった。胡・温政権は三農問題を政府活動の重点中の重点に据え、問題解決に努めてきた。しかし、農民の所得は上がらず、格差が拡大し、民衆の不満は募る一方である。なぜそうなのか。筆者の結論は、その原因は体制的差別構造の温存にある。その根本的解決は、まず、農民を制度的に差別してきた二元戸籍制度の撤廃に求めなければならない。同時に、選挙権における差別体制の除去、つまり農民が利益実現の権利と発言力を行使する機会を取り戻さなければならない。すなわち、農民問題の解決方法は、それをもたらした制度そのものの改革にしか求められないのである。 第二部の総合的結論は、以下のようにまとめることができる。 内モンゴルのホルチン左翼中旗・シベーファ鎮は現代中国の統制下、土地請負制度と禁牧政策の実施により、純農耕社会へと転換し、全国有数の食糧生産基地になった。しかし、農民にとっては、農業を維持するうえでの灌漑用水代や化学肥料・農薬代などの生産コストが年々増加する一方である。これらの支出を惜しむと全く収穫できないほど、土壌劣化・砂漠化が進んでいる。このことが当地域の農民問題を際だたせている。また、砂漠化防止のために政府は退耕還林政策の実施に乗り出したが、実施上の課題も少なくない。とりわけ、植林には水の需要が多いとされるポプラのみを大量に植えている。また、ホルチン左翼中旗は全国の食糧生産基地であるため、耕地面積の拡大が続き、食糧生産にも水の需要が多いとされるトウモロコシを中心に栽培している。河川水の利用が不可能で降水量が少ないため、地下水の過度な利用が行われ、将来が懸念されている。持続的な発展のために、限られた自然資源の効率的かつ持続的利用の政策が緊急に必要である。 そうした現状の下、経済と社会の持続的発展を目指すには、まず余剰労働力の都市部への移動が不可欠である。そのために、政府は一日でも早く二元戸籍制度の撤廃を図り、都市と農村の格差社会の構造的差別装置を取り除く必要がある、と考えられる。
内容記述: 人文課第10号
NII JaLC DOI: info:doi/10.24795/24201k031
URI: http://usprepo.office.usp.ac.jp/dspace/handle/11355/617
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